Aromaticity

共役とは、多重結合(主に二重結合)が原子を共有せずに隣接した形(C=C-C=C)の事を指します。共役構造は、同じ炭素数で二つの二重結合が炭素原子を共有して隣接した形 (C=C=C:アレン/クムレン)や隣接していない形(C=C-Cn-C=C)と比較して、エネルギーが低くなります。そして、共役による安定化の最たるものに「芳香族性」があります。芳香族性による安定化は単なる共役安定化とは比較にならないほど大きく、「芳香族化合物」と呼ばれる有機化合物の一群を形成するほどです。

まず、二重結合二つが隣接したときの共役による安定化を分子軌道計算によって見積もりたいと思います。比較する分子は1,4-ペンタジエン(非共役ジエン)と1,3-ペンタジエン (共役ジエン)、そして1,2-ペンタジエン(アレン)の三つです。これら三種類の分子はいずれも分子式C5H8であり、エネルギー差が共役による安定化を反映すると思われます。

まず、これら三つの分子の構造を作成し、MOPACを使って構造最適化・生成熱の計算を行います。Fig.1に、Winmostarを使って1,4-ペンタジエンを作成した画面を示します。キーワード欄に「PM3 EF PRECISE」と入力し、適当な名前で保存します(ここでは 14pentadiene.dat)。あとは[計算]→[MOPAC6実行]を選択して最適化を行います。

1,3-ペンタジエンも同様にして構造を作成し、最適化すればよいのですが、1,2- ペンタジエンだけは同じようにはいきません。というのは、MOPACが分子構造を読み取るのに最もよく用いられるフォーマット「MOPAC Z-matrix」が、直線構造を苦手とするためです(このあたりのことは、立体構造の記述法で少し細かく触れていますので、こちらを参照してください)。以下の方法は、アレン構造だけでなく、アセチレンやケテンのような同様の直線構造を有する分子にも適用可能ですので、覚えておいて損はありません。

まず、エチレン分子を作成し、5Hの結合角を90度にします(Fig.2)。次に、6Hの参照原子順を [編集]→[結合関係変更]→Fig.3の順に変更します。そして、6Hの結合角を90度にします。 5Hを元素変更ツールを使ってダミー原子(Xx)に変更し(Fig.4)、アレンの直線部分の定義が完成します。あとは6Hを-CH2基で置換し、さらにメチル基で置換していけば完成します(Fig.5)。

ダミー原子は、数学的な点として(つまり座標を定義しているだけの点として)機能するものであり、最適化には影響を及ぼしません。アレンのような直線構造や、二分子が接近した構造を作成するときなどに上手く利用すると、きれいに構造を作成できて計算時のエラーも抑えられます。

計算結果から共役による安定化=共鳴エネルギーを見積もることができます。Fig.6 に、それぞれの出力ファイルのうち、最適化構造の生成熱が出力されている部分を並べて示してあります。

これによると、共役構造を有する1,3-ペンタジエン(Fig.6中段)が、共役が切れている 1,4-ペンタジエン(同下段)に比べて凡そ6 kcal/mol安定であることを示しています。つまり、二重結合二つが並ぶことによる共鳴エネルギー≒6 kcal/molと見積もることができます。また、アレン構造を持つ1,2-ペンタジエン(Fig.6上段)では、1,4-ペンタジエンよりも更に6.4kcal/molほどエネルギーが高くなっています。この不安定化がアレン構造に由来していることは疑いようがありませんが、この構造が不安定である理由はこの出力を見る限り判然とはしません。ただ、おそらくはC2(アレンの中心原子)の高い不飽和度 (一つも水素と結合しておらず、共鳴安定化や超共役すらない)が原因ではないかとは思いますが…。

今度は、炭素からなる6員環を例に、不飽和度を増大させたときの不安定化の比率について調べてみたいと思います。モデリングソフトMoldaには豊富なテンプレートが同梱されていて、ここで用いるシクロヘキサン,シクロヘキサジエン,ベンゼンがその中に含まれています。そこで、MoldaからMOPAC用出力を作成し、MOPACの解説 にあるようにバッチファイルを使って計算を行いたいと思います。

Moldaを起動したら、[ファイル]-[テンプレート]-[Alicyclic compounds] -[Cyclohexane]を選択します。画面にシクロヘキサンが表示されました(Fig.7)。この構造を最適化するには、MOPAC用の入力ファイルを作成する必要があります。[データ変換]-[MOLDA -> MOPAC] 選択すると、MOPACキーワードの入力を求めるダイアログが表示されます。キーワードの欄に「PM3 EF PRECISE」と記入し、コメントには「Optimization of Cyclohexane」と入力します(Fig.8)。 OKボタンをクリックし、「cyclohexane.dat」として保存します(拡張子選択を「全てのファイル」にしてから保存します)。

次に、シクロヘキセンのMOPAC用入力ファイルを作成します。表示されているシクロヘキサンから、原子の削除ボタンを使って4つの水素を削除します。そして、水素入力ボタンでsp2用水素を2個追加します(Fig.9)。これで、シクロヘキセンの初期構造ができました。あとはシクロヘキサンの時と全く同じ要領でMOPAC入力ファイルを作成します。ファイル名は「cyclohexene.dat」とします。

シクロヘキサジエンは付属のデータ集の中に収録されています。[ファイル]-[MOLDAデータ検索]を選択し、「Cyclohexadiene」で検索します。すると、1,3と1,4の2種類が出てきます(Fig.10)。まず 1,3-シクロヘキサジエンを読み込みます。そして先の2つと同様にMOPAC用入力ファイルを作成します。1,4-シクロヘキサジエンについても同様にします。最後に、ベンゼンは[ファイル]- [テンプレート]-[Aromatic Compounds]にありますので、同様にして入力ファイルを作成します。

作成した入力ファイルをMOPAC実行ファイルと同じフォルダに移動します。コマンドプロンプトを開いて実行フォルダに移動し、「mopac cyclohexane」(バッチファイルがmopac.bat,入力ファイルがcyclohexane.datだった場合) と入力してリターンキーを押すことで計算の開始・終了後のファイル処理まで自動で行われます (Fig.11)。これをすべての入力ファイルで行います。

全部の出力を見て生成熱の値を抜き出すと、シクロヘキサン=-31.02714 kcal/mol、シクロヘキセン=-4.88017 kcal/mol、1,3-シクロヘキサジエン=20.36047 kcal/mol、 1,4-シクロヘキサジエン=19.42974 kcal/mol、ベンゼン=23.45422 kcal/molとなります (この値は計算したPCのスペックやMOPACのバージョンに多少左右されます)。これらを有機化学の教科書でよく見る形式でまとめると、下のようになります。

生成熱の差から、芳香族性を持たないと仮定したベンゼン=1,3,5-シクロヘキサトリエンの仮想的な生成熱を求め、その値と実際のベンゼンの生成熱を比較します。この例では芳香族性による「安定化の利益」はおよそ20.5kcal/molと見積もられます。これはかなり大きな値です。ちなみに、実測値に基づく推算値は36kcal/molで、この値と計算値は大きく離れています。このずれは、シクロヘキセン及びシクロヘキサジエンの生成熱が小さめに、ベンゼンの生成熱が大きめに算出されているためです(誤差3~5 kcal/mol)。定性的に正しい結果になっています。

また、注目すべきは1,3-シクロヘキサジエンと1,4-シクロヘキサジエンのエネルギーでは、 1,4-体の方が共役していないにもかかわらずエネルギーが低いということです。普通は共役している方が電子の非局在化が起こる分安定なのですが、おそらくこの例では、 1,3-体は二つのメチレン部分の水素が「重なり型配座(eclipsed conformation)」に近い形で固定されるため、その立体反発が共役の効果を上回った結果ではないかと思います。

※注:GAMESS(RHF/STO-3G)で計算すると、1,3-体の方がわずか0.00075kcal/molだけ有利と計算されます。しかし、立体反発の影響が大きいことに変わりは無さそうです。

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