Sn2 Reaction

Sn2反応…有機化学専攻の人なら知らない人はいない、最もベーシックな反応機構です。当然、現象の発見は古く、1986年にドイツのWaldenによって最初に立体反転を伴う反応が発見され(Waldenサイクル)、1920年代にイギリスのKenyonとPhillipsの巧妙な実験によってその現象が証明されました。速度論的な実験は1937年にイギリスのHughesとIngoldによって行われ、この機構はSn2と命名されました。

このSn2反応、計算で取り扱うのが意外と難しいもので、多くの計算化学者を悩ませているらしいです(本当にそんなに悩んでいるかは…ただ、難しいのは確かです)。ここでは、簡単な組み合わせとしてヨードメタンとフッ素アニオンで、Sn2をシミュレーションしてみたいと思います。

Preparate Initial Structure

sn202.gif Fig.1 結合関係の設定

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Fig.2 "初期"初期構造

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Fig.3 MEP用初期構造

まずはヨードメタンの最適化。Winmostarでメタンを作成し、一つの水素をヨウ素で置換します。キーワード「PM3 EF PRECISE」で最適化します。最適化されたヨードメタンのヨウ素の反対側に、 [Add]ボタンを使って少し離し気味にフッ素を置きます。フッ素はFig.1に示すように、炭素・水素・ヨウ素の順で結合関係を定義し直します。実はこれが重要だったりします(こうしないと変な形に収束し易い)。フッ素の結合距離を3.0Åにし、最適化フラグを0にして固定します(Fig.2)。

気をつけなければならないのは、キーワードに「CHARGE=-1」を忘れずに付けるということです。この系は全体で-1の電荷を帯びていますので、これを付けないとラジカルとして計算が進むことになります。ラジカルの系は不自然で計算が遅くなりますので、何か計算が遅いと思ったときは電荷を確認するべきでしょう。適当な名前を付けて保存し(ここではch3i+f.dat)、計算します。

最適化が終了すると、水素とフッ素が相互作用したような構造が得られてきます(Fig.3)。この構造を初期構造として、MEP計算を実行することになります。

MEP Calculation & Select Pre-TS Structure

sn205.gif Fig.4 TS候補構造のコピー

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Fig.5 TS最適化入力の作成

MEP計算の初期構造が得られましたので、MEPの入力を作成します。フッ素の結合長の最適化フラグを-1に設定し、追加データ欄に「2.9 2.8 2.7 2.6 2.5 2.4 2.3 2.2 2.1 2.0」と入力します(Fig.3)。これを適当な名前で保存し(ここでは ch3i+f_mep.dat)、MEP計算を実行します。

計算はすぐに終わります(私のPCで数秒です)。ブタンの回転障壁 と同様に、arcファイルのC-F結合長とエネルギーの値を見ていくと、2.9Åから2.7Å まではエネルギーが低下し、そこから2.2Åまで緩やかにエネルギーが上昇し、その先で急激にエネルギーが低下していることがわかります。つまり、2.2Å付近にエネルギーの峠が存在すると考えられます。

そこで、arcファイルからC-F=2.2Åの構造データを抽出し、これを遷移状態へ最適化することにします。arcファイルの中のC-F=2.2Åの部分のz-matrixを切り取り、別名で保存します (ここではmep_22a.dat,Fig.4)。この構造をWinmostarで開くと、 Fig.5のような構造であることがわかります。

TS Calculation & Vibrational Analysis

sn207.gif Fig.6 振動計算の入力

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Fig.7 振動計算の出力

遷移状態候補構造を遷移状態へ最適化するには、キーワード「TS」を用います。先にarcファイルから抽出した候補構造の、フッ素の最適化フラグを1に戻し、キーワード欄を「PM3 TS PRECISE CHARGE=-1」にします(Fig.5)。これを適当なファイル名で保存し(ここではch3i+f_ts.dat)、計算を実行します。

計算が終わると、最適化された遷移状態が表示されます。C-F結合は凡そ2.16Åです(Fig.6)。しかし、ここで安心することはできません。遷移状態の計算は繊細で、目的の反応の遷移状態だと思っていたら実は別の反応の遷移状態だったり、そもそも遷移状態ではなかったなどということもあります。そこで、この構造の振動計算を行うことで、この構造が果たして目的の遷移状態であるかを判定することにします。もしこの構造が遷移状態ならば、虚の振動数を一つだけ持つはずです (⇒赤外スペクトルの計算参照)。

振動計算のキーワードは「FORCE」です。最適化された構造が表示された状態で、キーワード欄を「PM3 FORCE LET CHARGE=-1」とします。ここで「LET」は予備最適化しない(FORCEキーワードは振動計算の前に構造最適化を行おうとするのでこれを止める)ためのキーワードです。これを適当な名前(ここではch3i+f_tsf.dat,Fig.6)で保存し、計算を行います。

振動計算の出力の一部をFig.7に示します。見て分かるように、虚振動 (MOPACでは負の値として出力されます)が唯一つあることがわかります。その振動の成分は、 C-H変角とC-F伸縮です。これは、ほぼSn2反応の遷移状態と見て間違いないでしょう。

IRC Calculation & Make Energy Profile

sn209.gif Fig.8 IRC計算の入力

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Fig.9 生成系に近い構造

最後に、最も正確に遷移状態を確認する方法として、極限的反応座標(IRC)計算を実行します。 IRC計算は、遷移状態の振動に基づいてエネルギーの山を下り、原系及び生成系とをつなぐ計算です。この出力から正確なエネルギープロファイルを作成することができます。

入力ファイルは、遷移状態から原系へ向かう計算と生成系に向かう計算とそれぞれ必要になります。キーワードは「PM3 IRC=1 LARGE=100 CHARGE=-1」(Fig.8)及び「PM3 IRC=-1 LARGE=100 CHARGE=-1」です。LARGEキーワードは、IRC計算の何サイクル毎に構造を出力するかで、こまめに構造が見たいときはより小さい値にします。この計算は最も時間のかかる計算です(それでも10秒かかりませんが)。

計算が終わったら、MEP計算のときと同じように(但しIRC計算ではarcファイルは出力されないので outファイルから)、ファイルの一番最後に近い構造(=グラフの端に当たる構造)を抽出し、確認します。ここで行ったIRC計算では、IRC=1が生成系(Fig.9), -1が原系に向かっています。IRC計算の出力をグラフに変換すると、下のようになります。

sn2_irc.gif

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