Cope Elimination
Cope脱離は、ペリ環状反応の代表例・Cope転位とは全く異なる反応ですが、協奏的な遷移状態を経るという共通点があります。この反応はもともとアミンオキシドの熱分解によってアルケンを生成する反応ですが、アミンオキシドの分解には高温が必要とされるので、余り使い勝手の良い反応ではありませんでした。アミンオキシドの代わりにスルホキシド/セレノキシドを用いることで、より温和な条件で収率良くアルケンを得る変法が見出されてからは、専らセレノキシド脱離が多用されています。
ここでは、アミンオキシド,スルホキシド,セレノキシドのCope脱離を計算し、活性化エネルギーを比較することで反応の行き易さを見てみたいと思います。
MEP Calculation
この反応は、右のFig.1に示すような反応機構で進行するとされています。これに従って、遷移状態探索を行います。モデル系として、N-エチルジメチルアミンオキシド→エチレン+ N,N-ジメチルヒドロキシルアミンの反応を解析したいと思います。ソフトはWinmostarを利用します。N-エチルジメチルアミンオキシドのモデリングは非常に単純です。まず、2-メチルブタンを構築し、後から炭素原子を窒素原子及び酸素原子に置換すれば完成します(Fig.2)。この時、原子の定義順を、ジメチル側を早く、エチル側を遅くすると、あとの設定が容易になります。ひとまずこの状態でキーワードを「PM3 EF PRECISE」とし、構造最適化を行います。
最適化された構造から今度は遷移状態探索を始めるわけですが、この反応の場合、酸素とエチル基のβ位の水素が接近することになります。しかし、この両者の間には構造パラメータが存在しません。ですから、そのままではMEP計算は行えないことになります。そこで、水素原子を酸素原子から定義し直します。すると、酸素原子―水素原子間に結合距離パラメータができるので、接近させることができるようになります。具体的には、酸素原子に最も近いβ位の水素を選択して、[編集]→[結合関係変更]を選択し(Fig.3)、水素原子の新たな定義元(ここでは酸素(距離),窒素(結合角),メチル炭素(二面角)としました)をクリックします。今新たに定義した酸素―水素間結合距離の最適化フラグを-1に設定し、追加データ欄に「2.7 2.6 ..... 1.1」と記入、キーワードからPRECISEを削除し、適当な名前で保存します(Fig.4)。あとはこの計算を実行するだけです。
point数が多いにも関わらず、この計算は非常に早く終わります(<1min)。arcファイルから結合距離と生成熱を抜き出し、グラフ化したものをFig.5に示します。このグラフを見ていただくと分かるように、この反応の遷移状態は非常にエネルギー的に高く、しかも生成系に寄っていることが推測されます。遷移状態に最も近いのはO-H距離が 1.2Åの時ですので、この構造をarcファイルから抜き出し、適当な名前で保存しておきます。
TS & IRC Calculation
先ほど得られた遷移状態計算の初期構造を読み込み、先ほどMEP計算で用いたO-H結合距離の最適化フラグを1に戻します(忘れずに)。キーワードを「PM3 TS PRECISE」とし、適当な名前で保存(Fig.6)、計算を実行します。私の場合、計算の出力を見ると計算が上手くいっていない(Hessianの値が遷移状態に合致しない)とのコメントがありますが、そこは構わず、続けて振動計算も行いました(キーワード「PM3 FORCE LET」)。遷移状態の構造をFig.7に示します。この時の振動モードは、1526.27i cm-1 に唯一つ虚振動を有し、且つこの虚振動は反応方向への振動(C-H及びO-H伸縮)ですので、Cope脱離の遷移状態と見て間違いありません。遷移状態が求まりましたので、IRC計算によって原系と生成系を結び、活性化エネルギーを算出してみましょう。IRC計算はいつも通り、「PM3 IRC=1 LARGE=100」「PM3 IRC=-1 LARGE=100」の二つを行います。出力からPOTENTIALとMOVEMENTを抜き出し、グラフ化したものを Fig.8に示します。端点は、IRCの末端構造を最適化した時の生成熱で、この点のエネルギーが活性化エネルギーを求める基準となります (IRCの端点ではないことに注意)。この計算結果から、アミンオキシドの Cope脱離の活性化エネルギーは+36.58 kcal/mol,反応熱は-2.00 kcal/molと計算されました。この反応が非常に高温が必要で、且つそれほど有利でもない反応であることがわかります。
Compare : N vs S vs Se
上述の方法論で、スルホキシド脱離,セレノキシド脱離も計算することができます。ここには計算結果だけを示しますが、ご覧の皆さんも、上と同様に計算をしてみて下さい。このグラフを見ると、セレノキシド脱離(緑)が圧倒的に有利な反応であることがわかります。セレノキシド脱離は全合成でもよく利用されており、有用な反応であることを実証しています。実際には、室温でセレニドをmCPBAで酸化するだけでこの反応は自動的に進行します。活性化エネルギーが15 kcal/mol程度の反応は室温で進行しますので、計算結果は実験事実をよく裏付けていると言えます(他の二つは加熱が必要)。スルホキシドの場合に生成系が不安定なのは、生成するのがスルフィン酸(R-S-OH)という不安定な官能基だからで、その辺も計算はきちんと反映できています(実際には系中の酸化剤によってスルフェン酸・スルホン酸に酸化されるため、トータルで自由エネルギー変化は大きな負となり、反応は進行します)。